デ○ノート

山田太郎さ〜ん』
看護士の呼びかけに『はぃ』と微かな声を出し立ち上がったその男は
まんま漫画の主人公のように巨躯の体を重たそうに持ち上げドシドシ
歩いて行った。
『高血圧か、糖尿か?』そんなイメージしか持てなかったのは後に思えば
悪かったなと思った。
『山田さ〜ん、そりゃあありえないわ!がはははは』
今となっては患者が激減しているものの、この病院は僕が小学校の頃から
ある。それなりに大きい方の部類に入る。待合室と診察室が
そんな近いわけでもないが医者の声が響き渡った。
診察室から出てきた看護士も笑いをこらえつつ出てきて僕の方にきた。
『あ、三戸さんですね、今日はどうされました?』
『ちょっと目眩がひどくて・・後遺症かなと・・・』
『安静にされてましたか?まだ退院して1週間ですからね。』
『そうなんですが、ちょっとバタバタと』
『熱を測ってもう少しお待ちくだ・・・』
と看護士が言うと同時にまた待合室内に医者の声が響いた
『ですからね〜あなたふざけてるんなら帰って下さいよ!!』
失礼な医者もいるもんだと看護士と目が合った
『あの患者さんね。なんでも朝起きたらいきなり60kgだった体重が120kgに
なったんですって・・ありえないわよね』
他の患者のことを簡単に外で話すあんたもな・・と思いつつ。
 診察を終えて向かいのコンビニに行く。もちろん好物のフライドチキンを
食べるためだ。
『あったあった』
紙コップのような入物に入ってるソレに手を伸ばす。
『おいおい、そんなのばっかり喰ってたらメタボになっちゃうぞ〜』
むっつり振り向くとそこにはたけしが立っていた。
『おぉたけしか。久しぶりだな。』
たけしは俺が嫌いな冷めたような片方の口をつりあげた笑顔で
『いやいや、元気かい?俺なんて最近ブドーキャンプにハマってよ』
そう言いながらたけしは腹をさすった
『やっぱり美利さんはすげぇわ。かなり痩せたわ。どう?この腹筋』
そう言いながらたけしは俺の腹を叩いた
『たるんでるんじゃねぇの〜?』
こんなへなちょこ一撃で沈めることができるんだが逆にそれじゃ俺の負けだ。
『まぁ怒んなって〜。何ならよ、お前にも貸すか?美利5段のブドーキャンプ』
さっき以上に不快な笑みを漏らしながらそう言ったたけしに
『いや、別にいいわ』とだけ告げてフライドチキンを買い店に出た。
歩きながらフライドチキンを口に入れる。苛苛しててかあまり美味く感じない。
たけしを呪いつつ、たしかにちょっと的を得ている奴の発言に嫌悪も加わり
なんとも言えない気分になっていた。
早足で中学校の裏の路地に入ったとき、どうしてか小学校の頃の記憶が
いきなり脳裏に飛び込んだ。
【よくこの橋の下にエロ本置いてあったみんなで見てたな】
いい年だしそんな物に興味もないがどうしてか橋の下に足が向かった。
と、また目眩に襲われ焦点が合わなくなった。坂を下る途中。
目を瞑り座り込もうと思った瞬間。たしかに橋の下に老人がいたのを
覚えている。
目眩が治まり橋の下に行く。老人はいなかった。かわりに山ほど積まれた
エロ本が僕の視野に入った。
【まだ誰かここに持ってきて用を足してるんだな】
なんとなくその本を手にとってみる。雨に濡れたりなんだりでパリパリ
になった本ばかりだ。【こんな状態の読んで萌えるんかい】
手にとった本を1冊ブンと投げる。橋脚に当たったそこにはさっきたしか
老人がいた。軽い勾配を上り老人が座っていただろう場所にくる。
そこには何やら汚い、ソレでいて他の本とはあきらかに違う状態のノートがあった。
手にとって表紙の埃を払う。カビのような薄皮が剥がれる。A5サイズだ。
パラパラ頁をめくる。不思議とこのノートはパリパリではない。
【ノートじゃやらんわな】当たり前の答えに軽く笑ってしまう。
最後までめくりながらぼんやり観ていたとき。その文字は目に入った。
さかさまにめくってたノートをひっくり返して読み直す。
山田太郎 120  ○○年○月○日。目覚めた時』
【やま・・・さっきの病院の奴か?・・○日。今日・】
そのまま座り込んで約30分。僕はこのノートの力を試す事が一番の理解に
つながると判断した。
僕はノートにこう書いた
南野たけし 120 ○○年○月○日。16時】
書く手が震えたのは言うまでもないが、むしろ心はより震えていた。
もしこの本が僕が思っている力があるなら、たけしの野郎は・・・・
携帯で時間を確認する。15:58
あと2分。いや待てよ。どうやって確認する?あいつの電話番号知らないし
頭に浮かんだ方法は一つしかなかった。
僕は電話をかけた
『はいもしもし・・・』
『あ、久しぶりだね。きよしです。三戸きよし・・』
『きよし!!!!どうしたの!?』
『いや、あのさ・・・たけしの電話教えてほしくて。』
『えっ?たけし?・・・いいけどどうしたの?』
『あ、さっきコンビにで会ってさ。ダイエットの話したんだけど
 やっぱ俺もそのDVD借りたいなと思ってさ』
『あ、そうなんだ。待ってね。え〜と、090-1111-2222だよ』
『090-1111-2222ね。わかったありがとう』
『ううん・・・』
『じゃ、ごめんねいきなり。じゃあ・・』
『あ、きよし・・・・ごめんね。私こそ・・』
『・・・いいんだ。もう』
僕の恋人だった彼女は今たけしの恋人であった。
電話を切った時、時間は16:00になっていた。
あわててたけしの携帯を鳴らす・・・・・出ない。
もう一度呼び出す。29コールぐらいで電話はつながった
『もしもし!!!もしもし!!え〜なんて言ったらいい・・』
電話の向こうの男はあからさまに動揺している。
『あっ、もしもし?たけし?』
『え〜・・・たけしさんって言うんですか??この方??』
『えっ?たけしじゃないの?』
『あ、あのですね!交通事故なんです。私は通りすがりの者なんですが
救助にきたらちょうど携帯がなりまして・・・』
『えっ!!!!たけしは?無事なんですか?』
『えぇ!!!命に別状はなさそうなんですが・・・なんせ・・・』
『どうしたんですか?』
『車から出れないんですよ!!!って言うかそもそもこの方この体格で
よくこんな軽自動車に乗ってたなぁ』
『えっ??なんですか?』
『こんなでかい体でこんなちっちゃい車に乗ってるうえに車潰れちゃったら
どうしたって出れませんよ・・』
電話の向こうで声が聞こえた。【俺の体どうなっちまったんだ〜】
このノートは本物だ。
僕は家に着くまでの間、このノートの力と自分のやった事に正直神の存在を
確信した。だが。だからと言ってこのノートの使い道は??
怨んでる奴もいない。太らせたいやつもいない。
そんな事を考えつつ帰宅し、僕はあることを思いついた。
ノートをめくってこう書いた。
【三戸きよし  55 16:30】
もしこれが成功したら、僕はだまって10kgの減量に成功するわけだ。
16:28
ニヤニヤが止まらない。
16:29
上半身裸になり鏡の前に立つ。無い筋肉を振り絞るようにポーズを決める
16:30
・・・・・・・・・・・・
16:31
・・・・・・・・・・・・
16:35
変化がなかった。僕は恥ずかしくて急いで服をきた。鏡に映った自分に
辟易した。
どうやらこのノートは現状より太る・太らせることしかできないようだ。
結局。こんなノート意味がなかった。
もう一度実験した結果。時間を書かなければどうやら強制的に30分後に
太るらしい。数字は2〜3桁。決まりはあるんだ。
そりゃそうだ。そんな上手い、都合の良い力が簡単に手に入るわけもない。
僕は何かに期待した自分が惨めで、さらにたけしに罪悪感を感じた。
でもちょっとニヤっとしてた・・・
18:30
友人の森田一由から電話が来た。
『おぉ〜準備できたか?』
僕は今日、森田とLIVEに行くのをすっかり忘れてた。ノートのせいで。
『あっ悪い悪い!ちょっと用事が立て込んでさ、10分で用意するから』
『なんだよ〜。じゃあ10分後に迎えにいくわ。遅れんなよ!間に合わなくなる』
急いで電話を切り身支度を済ませ玄関に向かった時、何故かノートを
手にしていた。
迎えにきていた森田の車に乗り込み会場に向かう。
『おつかれ!悪いな待たせて』
『ホントだよ!待ちに待った聖子ちゃんのLIVEだぜ!』
『おれはそれほどでも・・・』
『なんだよ!お前もかわいいって言ってたじゃねぇか?』
『いや、まぁね・・でもLIVE行くまでは』
『うるせぇ!俺はこの1年で一番楽しみな日なんだ今日は!』
会場に着くと、そこにはファンがごった返していた。
『お〜聖子ちゃん!!大人気だな』
『そりゃま〜天下のアイドル松下聖子だもん』
と森田は自分の事のように得意気に鼻を広げて言った。
『生だぞ!!!生で見れるんだぞ!!聖子ちゃんを!!』
ひとしおテンションがあがる森田を見て僕も少しずつテンションが上がった。
その時。とんでもないサプライズがあった
なんと松下聖子ちゃんが会場の外に現れたのだ!!!!
『ぎゃぁぁっぁぁぁっぁぁっぁぁぁl』
割れんばかりの歓声の中現れた彼女はまさしくアイドルであった。
しかも手を伸ばせば届きそうな距離にいる。
【みんな〜今日は私の記念すべき100回目のLIVEで〜す】
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!』
張り裂けんばかりの歓声。実際、生で見たら強烈な美しさだ!!
観客が聖子ちゃんい押し寄せる。がちょうどバリケードでそこから先には
進めない。上手い場所に現れたもんだ。
バリケード越しに握手して歩く聖子ちゃん。サインを求めるものもいる。
笑顔でかわいく対応する聖子ちゃん。さすがアイドルだ。No.1だ。
『うぉぉぉぉ!!!こっちに来るぞぉぉぉ』
森田が狂いそうな歓喜の声を上げる。もう目の前だ!!!
森田は手を擦らせ、ズボンで拭き、聖子ちゃんに握手を求めた。
聖子ちゃんは何ともたまらない笑顔で『ありがとう♪』と言い
森田と握手した、僕は憎たらしさと羨ましさと目の前のアイドルに
放心状態となりすかさずカバンに入っている手帳とペンを差し出した。
聖子ちゃんはまたまたたまらない笑顔で『はいっ♪』とサインを
したあと更に僕と握手してくれた。
『あっ!!!テメー!!サインまで!!汚ねぇ!!!!』
『へへんだ!!!用意周到とはこの事だ!!!』
と言いつつ僕はこのサインを後で森田に売りつけるつもりだった。
聖子ちゃんが会場に入っていく。僕らも開場と同時に、森田が
死に物狂いで確保した最前列のシートに腰を降ろした。
『始まるぞ!始まるぞ!!!来るぞ!!!!』
森田はもう立ちだして手を振り上げている。
【しょうがねぇな・・・】と思いつつ僕も席を立った瞬間
どデカイ花火の音と共に音楽が鳴り聖子ちゃんが入場した。
最高のボルテージの声援の中。
実際僕もかなり気持ちが走り出した。そして現れたのは、
100kgはあろうかと思われる、衣装がはちきれんばかりの聖子ちゃんだった。
僕は手帳を確認した。
手帳と思っていたそれはノートでありこうサインされていた
『松下 聖子 100 ☆』
【100て・・100回記念かい!】
僕は会場をあとにした。